wopila ラコタの天使から教えてもらったこと

失業率85〜95%、全米の最貧困エリア、パインリッジ居留地に行くことになった。

サウスダコタ州、バッドランズ国立公園の目と鼻の先にある、ラコタ・スー族の居留地。もとはラコタの人々にとって祈りの聖地だったバッドランズも、国から没収されてしまった。

1890年豪雪の中、ラコタ族300人以上がアメリカ軍により無差別虐殺(ウンデット・ニーの虐殺)を受けた悲惨な歴史が残る場所ウンデット・ニー。

19世紀後半は全米各地で、白人入植者たちによるネイティブ・アメリカンの迫害が激しくなっていた中での、最後の大きな武力衝突および民族浄化が行われた地。

ウンデット・ニーに着いた時、何とも言えない重さを全身に感じていたことを、今でも鮮明に思い出す。そこにはラコタの人が一人いて、当時の記事を見せてくれながら解説してくれたり、少しの民芸品を売っていた。

その後、お墓へ向かい、奴は三脚を用意して撮影をはじめていた。私は一切撮る気にはなれず、ここで眠る魂たちに、ただ祈って祈って祈るだけだった。

どこからともなく、子供2人と1人の男性が現れた。ぽっちゃりした子供達は鼻水を垂らし、服はボロボロで「喉が渇いた、お腹が空いた」と言っていたので、車に持っていた水と食料を分けることにした。

できる限りレストランには立ち寄らない旅をしている私たちにとっては貴重な食料。とりわけオーガニックしか食べられない(MSGが使われているものを食べると体調を崩す)奴にとってはこの片田舎で貴重な食料だったので、隠れて渡した。あとは私が持っていた、日本が誇る健康食の梅干しを「トライしてみる?」と渡してみたら、意外にも「美味しいー!」と喜んで食べていた。よほどお腹が空いていたのだろう…。

その後、馬に乗った少年もやってきた。私は彼の撮影を待っている間、紙とペンで子供達とお絵かきをしながら、ラコタ族の言葉と日本語を教えあった。ありがとうはwopila、お母さんはina、お父さんはate・・鼻水がカピカピになった無邪気な笑顔が印象的だった。

大人の男性は明らかに末期のドラッグもしくはアルコール中毒患者のように(実際見たことは無いのだけど)、視線が定まっておらず、ろれつがまったく回ってない、唾が口から垂れながら、撮影中の奴にしつこく何か言っていた。

要はお金が欲しいということだったのだが、奴は「今忙しいから、あの人のところへ行って」と私の方を指差した。あの人はいつもそうだ…。最初は断ったものの、結局30ドルほど寄付することで静かになった。良い悪いはさておき、そうせざるを得なかった。

すると、遠くからボロッボロの車が猛スピードでやって来て、でっかい男女がこっちへ向かって来た。

怖っ!かなりビビったけど、子供達がママー!と走り出した。両親なのか・・・。

父親は顔に大きな傷があり、やはりさっきの男性と同様、目線が定まらない感じだった。母親は挨拶するなり、子供達の学校が始まるのだけど服も無いし、ノートも買えないと言っていた。

ひとしきり話を聞いた後、子供二人とさっきの男性も車に乗り込み(子供達は割れた後ろのガラスから乗り込んでいた)、砂埃を立て走り去って行った・・・子供達はずっと割れた窓から手を降っていた。

ウォールストリートジャーナルによると、パインリッジ居留地の人々の平均寿命が45歳(男性48歳、女性52歳)という数値は、ハイチ以外の西半球で最も短い寿命だという。

一体ここはどこの国なのだろう?・・・一瞬、アメリカにいることを忘れそうだった。

旅から戻ってきて、ラコタ語で「ありがとう」という意味である「wopila」について調べてみたところ、wopilaは単純にありがとうという意味だけでなく、その背景にはラコタ族の重要な美徳と哲学がありました。

あなたの周囲にあるすべてのものは贈り物、そしてそれはあなた自身のハートから来ていることを忘れないように。
Everything around you is a gift and never forget where it comes from, your heart.  -Warfield Moose, Sr.(www.mitaoyate.org

あの無邪気な少女は、ラコタの貴重な教えを伝えるメッセンジャーとして現れた天使だったのかもしれない。

(写真はバッドランズ国立公園にて)