リシケシ初夜の祈り

快適な急行列車の旅で、巡礼者らしく”神への門”という意味であるハリドワール(Hari=God, Dwar=Gateway)で一泊し、長旅の疲れをとってからリシケシに入るはずが・・・

ニューデリーでの長い長い朝の一件のせいでバスの旅になり、ハリドワールのバスステーションに着いても宿を探す気になれなかった。あとはとにかく暑さから逃れたいのもあり、1番早く出発するリシケシ行きのバスに飛び乗った。

それはローカルバスだった…。

バスが停車するたびに人は多くなるわ、日差しが暑すぎてエアコン効かないわ、水のボトルも空になるわで、ヨガの聖地リシケシへ着いた頃には憔悴感が半端なかった。(※直行バスは超快適なのでご安心を)

そして次はリキシャとの交渉合戦の末、バスターミナルからリシケシの街へ向かう。

リシケシには2つの橋があり、その橋を中心に街が栄えている。私は北側の静かそうなラクシュマンジュラー橋方面でゲストハウスを探すことにした。ラムジュラー橋の方は景色も良く、アシュラムも多いのでヨガ系の人はそっちの方が良いらしい。

私もヨガは好きなので興味はあったが、クラスに入ると頑張っちゃいそうなので今回はパスした。何はともあれ今回の目的地は、ガンジス川源流であるヒマラヤのガンゴートリー。その中継地にあるリシケシでは、リラックス&観光できればいいという程度だった。なにせ、ゴールデンウィーク中だけの短い旅なので体力温存せねば…。

(ゴールデンウィークが1ヶ月延長することになろうとは、この時はまだ知らない)

街に着く頃には太陽が落ち始めていた。ほとほと疲れていたので、リキシャから見えた適当なゲストハウスで降ろしてもらい、適当に交渉し、適当な部屋をとり、ベッドにダイブしてそのまま眠った。

目が醒めるとすでに外は暗くなっていて、お腹が空いていることに気付いた。ニューデリー空港に夜中1時に着いて以来、朝、ロシア人女性とパンを食べたことがもう何日も前のことのよう(いろんなことがありすぎて…)。

宿のご主人曰く、坂を下ってずっと行くとレストランがあるとのこと。夜になると風が冷たく、外の気温もちょうどよくなっていた。

私は坂の途中にある適当なレストランに入り、昼間ならガンジス川が見えるであろうバルコニー席で適当なもの食べていた。でも何を食べたかまったく覚えていないのは、その後に起こるちょっとしたドラマのせいだった。

少しすると隣の席に外国人男性が座った。30代後半であろうこの人、お客さんにも店員さんにもすごいフランクに、しかもいろんな国の言葉で話しかけている。ドラッグでハイになってる人だったら面倒だなぁと思いつつ、黙々とご飯を食べる私。そして当然のごとく私にも話しかけてきた。

喋るのも疲れるので、私から彼に何故ヒンディー語がそんなにペラペラなのか質問してみた。

国籍はオランダ人だが、もともとはアルメニアからの養子としてオランダ人夫婦に引き取られたそう。両親の仕事の関係上、インドで幼少時代を過ごしたため、ヒンドゥー語が流暢に喋れる他、英語、オランダ語、アラビア語、ドイツ語、スペイン語などが操れる(この人、ヨーロッパ大陸で困ることないだろうな)。残念ながら日本語は話せないけどねと笑っていた。

そして彼にとって今日はリシケシ最後の夜。私にとってはリシケシ最初の夜。

「ってか、アルメニアといえばグルジェフだよね〜」

うっかり話を振ってしまったばかりに、そこから彼のスピリチュアル話が止まらなくなった。私もさっきまでの疲労感が吹っ飛ぶほどに精神世界の話で盛り上がり、気が付いたら閉店時間。

日本では精神世界系の話題で盛り上がれる人には滅多に出会えないが(パワースポットとかストーン系はあるけど)、いわゆる聖地と呼ばれる場所に集まってくる人々とは、国籍関係なく話が通じることが多々ある。

店を出て、坂を下りガンジス川のほとりまで歩いた。私たちは岩の上に座り、精神世界談義を続行。

彼は自営業の傍、ボランティアでソーシャルワーカーをしていて、主に少年たちと一緒に問題解決の糸口を探しているのだそう。時には大人の悩みにも寄り添い、これまで何人もの老若男女の悩みを聞いてきて分かったこととは

”みんな自分の愛し方が分からない。それが全ての悩みの根本原因である”という結果に至ったのだそう。

ひとしきり話した後、彼は急に黙り、ガンジス川に軽く手を浸してお祈りをはじめた。

人生初のガンガー(ガンジス川)は、街の灯りに照らされて黒光りする、静かに流れる大いなるものという印象だった。

その姿は、シヴァの奥様パールバティの夜の顔であり、「黒(kālam:काले:ダークブルー、最初の光を祝う暗闇)」と「時間(kāla: कालः 寿命という意味での時間、死神)」という意味もある女神カーリーを思い起させた。

時計も携帯も持ってなかったので何時なのか分からなかったが、私の宿に帰るまでの道中には犬以外見かけなかった。

途中、「何のお祈りをしたの?」と彼に聞いてみると、「君はこの旅でいろんな人に出会い、話し、いろんな経験をするだろう。その全てがうまくいくように祈った」と。

宿に着くとすでに鍵が閉まっていて、ブザーを押しても誰も出てくる様子がなかった。(ブザー押せば誰か出てくるって言ってたのにー!)

私たちは何度かシャッターを叩いたり、小石を投げたりしたが誰も出てこず。夜に大きな音を立て続けるわけにもいかず・・・どうしよう・・・

さっきまで忘れていた疲労感が急にきてガクーンとなっていた。日本を出てから何十時間経ったか分からないないけど、やっとやっとベットで横になって寝れるはずだったのに・・・。

彼も途方に暮れつつ、「レディにこんなことを言うのは失礼だと思うけど、よかったら僕のベットで寝たらいいよ。僕は床で寝るから。」と親切にもオファーしてくれた。

まぁ普通なら行かないでしょう。でもどうしようもないし、私は今までの一人旅の経験から、良い人悪い人を嗅ぎ分ける嗅覚が発達していて、彼は前者だった。

そこから歩いて10分ぐらいのところに彼の宿があった。私の宿より数段ラグジュアリーだったので、ちゃんとドアマンが出てきてくれて、私が泊まることを話してくれた。部屋もインド式じゃなく超快適でベッドも大きく、シャワールームもリノベしたばかりのように綺麗だった。

私は宿から少しのお金以外は手ぶらで来てしまったから、タオルは愚か着替えも何もなく・・・。すると「男モノで申し訳ないけど、洗濯してあるやつだから」と、その全てを貸してくれた。

私はシャワーを浴び、彼はバルコニーでタバコを吸いながら本を読んでいた。大好きなRumiの詩集だった。それが寝る前の儀式なのだそう。

彼もシャワーを浴びた後、本当に床で寝る準備をし始めたので、慌てて「私が床で寝る、もしくは横で寝てくれて構わない」と伝えると、彼は申し訳なさそうに静かにベッドに入ってきた。いやいや、あなたのベッドなんですけど。図々しくてスミマセン・・・。

私は疲れMAXで今にも落ちそうだったが、彼がポツリと

「お金をちゃんと持っている人を家に泊めるのは人生で初めて」

というびっくり発言で少し目が覚めた。

一体それはどういうことか?!と聞くと、時々、寒い冬の夜に路上で寝てる人を家に招待していたのだそうで、それで家財全て失ったこともあるとかなんとか・・・

はぁ〜!?!?あんた聖者か?!とツッコミつつ、眠気限界で入滅・・・Zzz。目覚めたら朝だった。

ここは何処?!私は誰?!

一瞬ドキッとしたものの、すぐに思い出しベッドの横を見ると彼はもういなかった。

バルコニーでまたタバコを吸いながら、最後のリシケシの朝を楽しんでいる様子だった。この後はボンベイまでフライトと言ってたっけ。これ以上邪魔をしちゃいけないと思い、すぐに着替えてバルコニーへ出た。

「相当疲れてたんだね。速攻寝てたよ。チャイがもうすぐ来るから、ちょっと待って」と、椅子に座ってリラックスするよう言われた。間も無くすると、インド人の少年がチャイを持ってきてくれた。ここでは宿泊者全員に毎朝サービスされるそうで、私の分まで頼んでくれていた。

私たちはボーッと外を眺めながら、Rumiのこと、インド旅のことなどを話した。彼の旅のスタイルは、バイクをレンタルしていろんな場所に行くのが定番らしく、ぜひあの丘の上に行ってみて欲しいと言ってガンジスの向こうの山頂を指差した。

チャイを飲み終わった後、私たちはお互いの旅の安全と健康と幸せを願い、ドアの前でハグして部屋を出た。

これが北インド旅1日目。