100%専心すること

私の部屋のカルト祭壇。うちはジーザスもブッダもなんでもあり。

さて、これまでインドのイの字もなかった私ですが、インド人とお話しする機会が増えたり、ラマナ・マハリシなどに代表されるアドヴァイタ(不二一元論)にハマる日々。

最近、インドのちょっといい話を聞きましたのでシェアします。

昔々あるインドにある男がいました。その男はシヴァ神(インドでは超人気アイドルGOD)が大大大嫌いで、いつもシヴァの銅像の前で悪態をつき、唾を吐き、物を投げつけたりしていました。

ある日、その男がいつもの如くシヴァの銅像に思いっきり石を投げつけたその時、本物のシヴァ神が現れて男にこう言ったとさ

「嬉しいね〜、僕にそんなにも深い愛情を持ってくれているだなんて」

男は当然「はぁ〜?!全っ然好きじゃねーし!大大大っ嫌いなんだよ!」と言い放つとまたシヴァが、「ありがとう。僕をこんなにも愛してくれる人はなかなかいないよ」と恍惚として言いました。

はい、お終い。

えーーーーっ!

と思ったかもしれませんが、インドの教えでは何かに専念すること、中途半端でなく100%献身すること(dedication)は、それがどんなことであれ、徹底して集中することが修行であり愛そのものなのだそう。そして愛=神なので、その瞬間は神そのものでもあるということ。

親が子供に対して時間とお金、労力を全て捧げることは神にしていることと同じだと、インドではよく言われます。また、目の前にある仕事だったり、料理、掃除、家族、ペット、パートナーなどに100%集中しているその瞬間が、愛であり神を実現していることになるのでしょう。言い換えれば、我を忘れている時なのかもしれません。

ちょっとズレますが、この話に関連して思い出したお話。

昔、アーティストの岡本太郎さんが、まだ今ほど有名でない頃に個展をひらいた時のこと。ある女性がギャラリーに入るなり、一つの作品の前でじーっと立ち止まり「私、これ嫌い!」と言って立ち去ったそう。それを聞いていた人がお節介にも太郎さんに、その女性の言動を伝えたところ

岡本太郎さんはショックを受けたのではなく、そんなにも興味を持って見てくれる人がいたことに、心底嬉しく思ったのだそう。

う〜ん、じゃあ岡本太郎さんはシヴァなんですか?って聞かれそうですが、そうかもしれません。(わけねー)

ただ、本質的な愛というものを分かっていたアーティストなんじゃないかなと思います。

シヴァも破壊神だけに、芸術も爆発なんだと・・・