アッシジの夜

コムーネ広場に戻ると、ミネルヴァ神殿がオレンジ色にライトアップされていた。

重ねて言いますが、紀元前1世紀の建物である。
日本は弥生時代なわけで、中国は司馬遷が生きていた時代で、イスラエルではジーザスが産まれていて、フランスもイギリスもまだ無くて、ヨーロッパの大半はローマ帝国が支配中で・・・ローマ帝国がどれだけ進んでいたかが伺えます。

聖キアラ教会やこの広場はアッシジの東寄りに位置していて、この後、最西端の聖フランチェスコ教会に向かうことにした。

日が暮れると観光の顔は潜め、ごく普通の住宅地と同じように夕食を準備する音、テレビのサッカー観戦の音、兄弟喧嘩で泣いてる声などが聞こえた。私にとっては非日常的な街も、誰かにとっては故郷なのだ。こんなところで育つってどんな感じだろう?

 
丘の上の方は日が暮れると人気がなく、高い石壁がラビリンス感を演出する

 
この辺はもう聖フランチェスコ教会が近いので、観光客も歩いてて安心です。
何やら遠くから美しい歌声が♪

街の夜景とサン・フランチェスコ大聖堂(1253年完成)。ここで夕日を見ても綺麗だろう。夜はとくに、昼間の観光客の量とは比にならないほど人が少なくて静かだった。聖フランチェスコが1226年に肉体を去ってから建て始められた教会ですが、(ちなみに日本は鎌倉時代)壁には古典美術のマスターピースがずらりと並んでいて見応え十分。

この晩は、教会内でコンサート『Cantico Di Frate Sole(ブラザーサンの讃美歌 by. google翻訳)』 が行われていました。
ソプラノ・テナー・バスの3人の美声とパイプオルガンによる、メンデルスゾーン、リスト、ガブリエル・フォーレなどの楽曲が教会内に響き渡って、うっとり。。。Zzzz (寝るな!)コンサートが終わって外に出ると、もう0時近くて肌寒かった。

小道の天井壁画。いちいち芸が細かい。

コムーネ広場に戻ってくると若者たちがギターで弾き語りをしていた。

急に自分が疲れていたことを思い出し、宿に戻ることにした。

飛行機を降りて、ローマ見物をしたのが何日も前のことのように感じるほど、充実していたアッシジ詣。部屋に入ると電池が切れたように眠ってしまった。。

次回はアッシジの朝とランチです☆